無花果や
無花果や 父が生まれる 音がする
無花果の実が熟れる香りがする頃になると、亡くなった父の事を思い出す。
子供の頃の思い出は、いつも仕事ばかりしていた父の姿だ。
いつも多忙で子供のころからほとんど構ってもらえなかった。
そんな父を子供心に好きになれなかった。
一度だけ夜に家族で町まで映画を見に行ったことがあったことを覚えている。
ぼくが小学の低学年だったと思う。
当時オート三輪と呼ばれるトラックの荷台に、母と妹と3人毛布に包まって出かけた。
何を観たのか映画の事は覚えていないのに寒かったのに妙に心地良かったそのことだけが記憶に残っている。
それから僕が会社を倒産させた時のことだ。
僕の財産はもちろん、保証人に立ってくれていた父が持ってた家や財産まで全て差し押さえられ、そうとう怒られると覚悟して会いに行った時だった。
父の一言は
「商売していればそういうこともあるよ」
だけだった。
父は若い頃11人の人の保証人に立ち、9人の保証を被った。
お人良しの親父だと軽蔑していた時もあった。
でもこの時から初めて父の本当の姿を見ることができたような気がした。
散歩の時、父が好きだった無花果の実が匂うと、そんな父の事を思い起こす。